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福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)796号 判決 1961年11月30日

佐賀銀行

理由

一、控訴の趣旨記載の不動産について控訴人先代石橋藤吉と被控訴人との間に、大正一五年六月二三日売買を原因とする控訴人主張の所有権移転登記及び控訴の趣旨二の(一)の宅地に付合併移転の登記のなされていること、石橋藤吉は昭和三年一二月一五日死亡し、控訴人が家督相続によりその地位を承継したことは当事者間に争がない。

二、控訴人は、石橋藤吉は大正一五年六月二三日被控訴人から金二万円を利息月一〇〇円、弁済期昭和一一年六月二二日の約で借用し、これを担保するため藤吉所有の本件不動産を売渡担保に供し、被控訴人名義に所有権移転登記をなしたところ、同年六月二四日控訴人の母法定代理人石橋宇らは被控訴人との間に、債務の弁済期を昭和二一年六月三〇日に延期すると共に、借用元金を一五、〇〇〇円、利息を月五〇円に各減額することの変更契約をなしたと主張し被控訴人はこれを争い、本件不動産は被控訴人が大正一五年六月二三日石橋藤吉から金二万円で買い受け、昭和一一年六月二二日までに金二万円で買い戻しうる旨の約款を付したいわゆる買戻特約付売買であつて、被控訴人は藤吉に対し金二万円を貸し付けたことはない。控訴人は同年六月二二日までに買戻権を行使しなかつたので、本件不動産は終局的に被控訴人の所有と確定したが、同月二四日被控訴人は控訴人との間に昭和二一年六月三〇日までに控訴人が金一五、〇〇〇円を提供して買い受ける旨申し出るときは、これを売り渡す趣旨の売買予約を締結したところ、右期限内にも控訴人は代金を提供せず売買完結の意思表示もしなかつたので、本件不動産は確定的に被控訴人の所有に帰したと主張するので考察するに、証拠を総合すれば、つぎの事実、すなわち、大正一五年六月二三日当時控訴人の先代石橋藤吉は、古賀銀行(佐賀銀行となる)に対し本件不動産及び当時同人居住の家屋等を抵当に供して、すでに弁済期到来した金二万円の元利金債務を負担し、いつ本件不動産が競売に付せられるかも知れない迫つた情勢にあつたので、石橋藤吉はこれを苦慮し、これを買戻特約付で売却して競売を避けるとともに結局には本件不動産を取り留めようと、被控訴人に対してその旨買い受け方を懇請したが、被控訴人の父虎之助夫妻は、本件不動産がその住所から数里を離れかつ当時交通も不便であつて、この不動産を管理支配することの不便煩雑などのことから、容易に買い受けることを承諾しなかつたが、控訴人側が被控訴人側に不便を被らせず管理も引き受けることを申し出たので、同月二三日左の内容の買戻特約付売買契約が成立するにいたつた。すなわち、当時被控訴人が古賀銀行に対し金一七、〇〇〇円の預金債権を有していたので、本件不動産を金二万円で被控訴人に売却し、被控訴人は代金中金一七、〇〇〇円は右の預金証書をもつて支払い、残金三、〇〇〇円は大正一五年一〇月三一日まで現金をもつて支払うこと、所有権移転登記に要する費用、収得税等は売主(藤吉)において負担するも、一時買主(被控訴人)においてこれを立て替え支出し、売主は買主に対し大正一六年(昭和二年)六月二二日までに弁済すること、被控訴人は藤吉に対し大正一五年六月二三日から同二五年(昭和一一年)六月二二日まで、賃料月一〇〇円をもつて本件不動産を賃貸し、同不動産の公課家屋修繕費、その他町内費等は一切藤吉の負担とし、同人において本件不動産の管理を引き受け、藤吉が分割または被控訴人の承認した方法により、金二万円を昭和一一年六月二二日まで被控訴人に弁済提供するときは、被控訴人は本件不動産を無条件で藤吉に売り戻す旨の契約を締結し、(この契約は控訴人のいうように通謀虚偽表示ではない)即日藤吉から被控訴人に対し本件不動産の所有権移転登記をなし、これと同時に前示買戻の特約を登記したこと、以来藤吉、控訴人は被控訴人に対し賃借人として本件不動産を占有し、約定の賃料月一〇〇円を支払い、その間かつてこの一〇〇円が二万円に対する利息であるというような言辞が出たことがないこと、しかるに藤吉及び控訴人は買戻の期限内に買戻権を行使することができなかつたので本件不動産に対する買戻権は昭和一一年六月二二日の経過と同時に消滅し、同不動産の所有権は終局的に被控訴人に帰したのであるが、(売渡担保においては、債権の利息に当る金員を賃料名義をもつて債権者が受けとり、売渡担保契約に買戻約款を付すること、往々見受けるところであるが、この事実を念頭においても本件契約が売渡担保に買戻特約を付したと認めることはできない。)被控訴人は控訴人側の懇請を容れ、同年六月二四日更めて控訴人に対し本件不動産を昭和一一年六月二三日から同二一年六月三〇日まで賃貸し、賃料月五〇円、本件不動産の公課、町内費用、家屋の修理費用は一切賃借人において負担することとし、なお控訴人は昭和二一年六月三〇日までに代金一五、〇〇〇円を提供することを要件として同不動産を買い取ることができる旨買主のみを予約権利者とする売買一万の予約を締結し、控訴人が右代金を提供して売買完結権を行使した場合の所有権移転登記費用並びに収得税等は売主たる被控訴人において負担することを約定したのであるが、控訴人は前示期限内に(予約完結権行使の期限である昭和二一年六月三〇日までに、この期限を延長する合意は成立しなかつた。)代金一五、〇〇〇円を提供して売買完結権を行使しなかつたので、昭和二一年六月三〇日の経過にともない控訴人の売買予約権は消滅し、本件不動産は終局的に被控訴人の所有であることに確定し、その後になつて控訴人から予約完結権行使の期限を延長するよう申入があつたが、その旨の合意はついになされるにいたらなかつたこと、控訴人側が本件不動産に関する契約は売渡担保で、その実質上の所有権は控訴人にあるなど主張をするにいたつたのは、被控訴人の父虎之助が昭和二七年四月二五日死亡した後からであることの各事実を認めることができる。先に排斥した証拠のうち、この認定に反する部分は採用しない。

三、(省略)

四、控訴人は、売渡担保契約において買戻の特約を付した場合、弁済期限の徒過により当然に債権は消滅しないので、債務を完済すれば、担保不動産は当然債務者に復帰すると主張するので一言すれば、債権担保の目的で不動産を買戻特約付売買の形式によつて債権者に移転した場合には弁済期限(これと買戻期限とが一致するとき)の徒過によつて買戻権は消滅するか、これと同時に債権が消滅し、不動産の所有権が確定的に債権者に移転するものとはかぎらず、債権が消滅して不動産が債権者に移転するか否かは各場合における契約の趣旨を明らかにして決定されるところであるが、前認定により明らかなように、本件契約は買戻特約付の売渡担保契約でなく、通常の不動産売買契約に買戻の特約を付した契約であるから、昭和一一年六月二二日の買戻期限の徒過により本件不動産は終局的に被控訴人の所有に帰したものといわなければならない。控訴人の主張は前認定にてい触する事実を前提とするもので、採用に値しない。

五、控訴人は昭和一一年六月二四日なされた契約が、かりに売買完結権行使の期限を同二一年六月三〇日までとする売買の予約であるとしても、控訴人はその期限内に被控訴人に対し売買完結の意思表示をしたから、これにより本件不動産は控訴人の所有となり、控訴人は売買代金支払の債務を負担するに過ぎないと主張するが、前認定により明らかなように本件売買の予約は、予約権利者たる控訴人が被控訴人に対し前示期限内に代金一五、〇〇〇円を提供することを要件とするものであり、かかる売買の予約は契約自由の原則上もちろん有効であるから、控訴人が売買を完結しようとするには、売買完結の意思表示をなすだけでは足りず、必ずこれとともに代金を提供しなければならないのである。したがつて代金を提供しないで完結の意思表示をなしたとしても、売買完結の効果を生じないので、右意思表示によつて本件不動産が控訴人の所有に帰したとゆう主張は理由がない。

六、控訴人は甲第三号証の第一〇条に「賃貸期間内に賃借人が金一五、〇〇〇円を提供するときは、賃貸人は本件不動産を売り渡すことを予め約諾する」旨の記載があるのを抜いて控訴人が買い受けうる期限は、昭和二一年六月三〇日ではなく、賃貸借の存続中は何時でも買い受けうるものである。このことは、甲第三号証の一の第一三条に明白に「大正一五年六月二二日までに」買い戻しうる旨期限を定めているのと異なると主張するけれども、右は甲第三号証の一、二に対する控訴人の独自の見解で採用しがたい。

七、以上の認定により明らかなように控訴人の売買予約上の権利は昭和二一年六月三〇日の経過とともに消滅しているので、その後の昭和二八年三月五日にいたり、控訴人のなした弁済供託はその効力がないから、被控訴人は控訴人に対し、本件所有権移転登記の抹消登記手続をなすべき義務なく、また控訴人に対し所有権移転登記手続をなすべき義務はないのであるから、その余の点に関する判断をなすまでもなく、控訴人の主位的請求及び予備的請求はともに排斥を免れない。

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